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理工学部の人と研究 vol.5

流体化学の常識を覆す管径方向配分現象を発見              【化学システム創成工学科 塚越 一彦(理工学部教授)】



マイクロ空間の新しい流体挙動動的・等速度で移動する界面の不思議

 

手のひらに乗る小さなマイクロチップの上で、大学や病院の研究室で行われているようなオペレーションができないだろうか。例えば、わずか数滴の血液や尿をチップに落とすだけで、患者さんの健康状態を自動的に判断してくれる…。そんな「lab on a chip」のデバイス研究を行っているのが塚越一彦教授。「チップ上の微細な空間を流れる溶媒をどのように扱い、分離や抽出に利用するかが重要なポイントになってきます」。

今から5年前、塚越教授は未処理のマイクロ空間(髪の毛ほどの太さ:約50~100ミクロンのキャピラリー・毛細間)に三種類の混合溶液を流し、温度と圧力を変えるだけで、液-液界面、つまり溶媒分子が外側と内側の二相に分かれながら、キャピラリーの半径方向に分配していくという新しい流体挙動を発見。「管径方向分配現象(かんけいほうこうぶんばいげんしょう)(Tube Radial Distribution Phenomenon:TRDP)と名づけた。例えば、Y字型の流路に異なった溶媒を流すと同じように界面を生じるが、その断面は平面で、しかも速い部分と遅い部分がある放物線の速度分布を持って進んでいく。一方、塚越教授の管径方向分配現象はマイクロ空間の中で界面が動的で、なおかつ等速度で移動するのが大きな特徴。しかも、先述のとおり、中空の管の中に混合溶液を流すだけで溶媒がきれいに分かれていく。「マイクロ空間におけるこうした界面創出は、今までの流れ学の常識では考えられなかったことです」とその成果を振り返る。

管径方向分配現象に関する論文は2009年に発表され、学界に一大センセーションを巻き起こした。昨年9月には「Analytical Sciences」という学術雑誌から、2010年から2011年にかけて本誌に掲載された学術論文の中で、最も多く引用された論文に与えられる「Most Cited Paper Award of AnalyticalSciences 2012」を受賞。その注目度は、日に日に高まりつつある。

分離、抽出、混合、反応…4つの視点で現象解明と機能発現を目指す

 

管径方向分配現象はなぜ、どのような理論で起こるのだろうか? まず一つは、水だけでなく、親水性有機溶媒と疎水性有機溶媒を組み合わせた三成分相図の温度・圧力による溶解度曲線の変化が、管径方向の分配に重要な役割を果たしているということ。温度と圧力を変えると、溶媒の溶解度曲線が外側に広がって、その組成比の溶媒が不均一な二相に分かれるのだという。塚越教授が混合溶液をさらに詳しく分析したところ、通常の重力支配下(ビーカーなどに入った静止状態)において温度・圧力の変化で上下二相に分かれる性質を持った溶媒は、重力非支配下(マイクロ空間の流れがある状態)でも同じように相分離し、TRDPを創出することを突き止めた。現在、水-界面活性剤混合溶液や水-イオン液体混合溶液、フルオラス-有機溶媒混合溶液など6種類以上の候補溶媒が見つかっているという。
「これまでとは違った、新しい二相分配系の研究領域の一つになり得るのでは」と期待を寄せる。

水と油など異質なものが接する境界では特異的・選択的な反応が起こっている。マイクロ空間の中で動的・等速度というユニークな液-液界面を生じさせる管径方向分配現象は、今後の界面研究の在り方を大きく変えるかもしれない。「そのメカニズムは徐々に明らかになってきました。次のステップでは、その機能を発現させる方法を考えていきたいと思います」と話す。塚越教授は分離(Chromatography)、抽出(Extraction)、混合(Mixing)、反応(Reaction)という4つの側面から、この管径方向分配現象を多面的に捉え、利用しようとしている。それぞれの頭文字を盛り込んで、研究テーマをTRDC、TRDE、TRDM、TRDRと名づけた。例えば、これまでマイクロ空間を流れる物質を分離するためには、流路の外側に高い電圧をかけるか、あるいはキャピラリー内に微粒子を充填しなければならなかった。しかし、TRDPを利用したChromatography、すなわちTRDCでは、高電圧の印加や微粒子の充填なしで、界面間の分配比に基づいて物質の分離が達成できる。

医、工、化学との連携でライフサイエンスの発展に大きな期待

 

さらに、この管径方向分配現象はどのような分野での応用が期待されるのだろうか?「一つは、医療への展開が考えられます」。例えば、血管内の外側と内側に二種類の薬剤を流し、患部まで届いたらその界面で両者を反応させて必要な治療成分を合成する…というドラッグデリバリーのような仕組みが開発できるかもしれない。あるいは、血管の内壁にのみ作用することで、コレステロールなどを洗浄するシステムが可能になるのではないか…。塚越教授の実験では、幅100ミクロン、見かけの長さ3~4センチ(実際の長さ50センチ)のうねうねと蛇行したマイクロ空間の中でも、同じような管径方向分配現象が見られたという。「動物や植物の体は毛細管(血管、導管・師管)で構成されています。近い将来、私たちの研究が生命科学の発展に結びつけば面白いですね」。

2012年、同志社大学に「管径方向分配現象研究センター」が開設された。これまでの流体力学の常識を覆すような発見で、まだ教科書にも載っていない…。こうした現象を世の中に幅広く伝え、認知を高めていくことを目的にしている。様々なアプローチ方法が考えられるが、塚越教授は研究成果を分かりやすくまとめたものをテキストや解説書という目に見える形で示そうと考えている。「まずは、学問体系をしっかりと作り上げていくこと。しっかりとコミュニケーションできるものを提供して、管径方向分配現象の輪郭を明らかにしたい」。

今後、化学や工学など様々な領域とのコラボレーションによって、さらに小型で高性能、低コストなlabon a chipが登場する日もそう遠くはないだろう。わずか数センチの世界に凝縮された無限の可能性。そのテクノロジーを支えるのは塚越教授と管径方向分配現象だ。
 


同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.43 掲載