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理工学部の人と研究 vol.6

一滴の燃料を有効に使う噴霧・燃焼をメカニカルに制御                     【機械システム工学科 松村 恵理子 (理工学部准教授)】

燃料の粒径を制御して燃えやすい混合気を作る

自動車(ガソリン車)は簡単に言えば、エンジン内部のシリンダーに取り入れた空気と燃料の混合気を燃焼させることで駆動力を得ている。このとき、燃料はシリンダー上部にあるインジェクターから噴射されるが、ガソリンの粒径を小さくすると気化は早いが噴射距離が短くなって目的の場所に届きにくくなるし、粒径を大きくすると空気と混ざらずシリンダーの壁面などに付着して無駄な燃料が増えてしまう…。当然、噴射したガソリンを燃焼させ、その熱源を駆動力(仕事)に100パーセント変換するのが理想だが、実際の自動車のエネルギー変換効率はたった35パーセント程度に過ぎないという。

「点火した後は人間の手が及ばない領域。混合気をいかに燃えやすい状態に霧化するのか? 狙ったところにどのように配置するのか? 私たちが手を加えられる部分はそこにあります」と松村恵理子准教授は話す。普通、ガソリンの粒径を小さくするには噴射の圧力を高めてやれば良いが、ポンプへの負担が大きく全体の機関効率としては足かせになってしまう。もちろん、噴射圧力は上げるのだが、ガソリン直噴車の場合、100ミクロンという微細な孔から20メガパスカルの圧力で勢いよく燃料が噴射されるということを考えれば、噴射される直前、つまりインジェクターの中の燃料の通り道(ノズル)でガソリンがどのような淀みや乱れを持っているかを理解し、その液流をコントロールしていく必要があるだろう。「理想的な混合気を作るスタート地点は、シリンダーではなく、ノズルの中の燃料の流れから始まっています」と説明する。
 
 (左)キャビテーションが発生していない条件(右)キャビテーションが発生している条件
ノズルの噴孔に相当するオリフィス内を流れる流動を可視化したもの。
キャビテーションが発生しているほうが、オリフィスを出た噴流が激しく乱れている。
 

実機ノズルの可視化でミクロの世界のフローパターンを解明

では、100ミクロンのノズルの中の世界を見るにはどうすればいいか? 松村准教授は、自動車メーカーで研究開発に携わった経験を生かし、実際に自動車に搭載されている実機ノズルの構造や寸法をそのまま2倍、あるいは10倍に相似拡大した模型ノズルを再現。観察したい現象に対して適切な力学的相似条件を設定しノズルを使い分け、視認可能な試薬を流すことで、ミクロの世界のフローパターンを可視化することに成功した。

「ノズルのような管径が急に細くなったオリフィス構造の周辺では、キャビテーションが生じるような流動が認められます」。キャビテーションとは、液体から気体への相変化による減圧沸騰現象のことで、例えばホースをぎゅっと指で絞ると水は激しく飛び出すが、絞られたホース内の流路部の圧力が急激に下がって一種の沸騰状態になる現象。部材を破壊するほどのエネルギーを持っているという。以前から、ノズルの噴射孔付近で発生することは知られていたが、その実態はよく分かっていなかった。部材を破壊させることなく、このキャビテーションを自分たちの思う儘に操ることができれば、余計な圧力を加えずに、噴霧の形をうまくコントロールできるのではないか…。

松村准教授は、可視化で得られたデータをもとに液流の変動パターンを分析したところ、ノズルのサック部分で拡大流れにより引き起こされる渦が成長して壊れて、また成長して…ということを繰り返し、噴孔内に発生するキャビテーションを変動させていることを突き止めた。そこで、噴孔のキャビテーションが起こっている部分を短くカットして流路抵抗を低減し、さらに流量を調整するノズルの針弁(ニードル)の形状をシャープにとがらせることで、渦が発生しやすいサック部分の容積を小さくした。その結果、小さい渦は出来るものの、ばたつかず安定させることにつながったという。この新しいノズルを使った実証実験では、圧力を上げなくても、噴射された燃料は早すぎず遅すぎず適度に空気と混じって、燃えやすい状態にうまく気化されることが確認できた。オイルダイリューションの低減につながることも期待されている。「無駄に噴射していた燃料量が従来の60~70パーセントほど改善されました。キャビテーションのエネルギーを燃料の微粒化に反映できたと思います」と松村准教授は笑みをこぼす。
 
噴孔内のデポジットの付着の様子
 

“ 熱” の有効利用が未来の噴霧・燃焼の形を変える

拡大可視化ノズルを使った研究では、ほかにもキャビテーションについて興味深い知見がいくつも見つかっている。もともと部材を破壊するほどのエネルギーを持ったキャビテーションだが、なぜノズル自身を破損しないのだろうか? それどころか、燃焼室の熱でコーキングされたノズルのデポジット(焦げ)を除去するプラスの効果さえ確認されているという。キャビテーションが発生している部分を拡大してみると、キャビテーションはノズルの壁から離れた場所で起こっていて、壁との隙間にわずかな空気の層があることが分かる。つまり、「キャビテーションが外の空気を巻き込みながら、エアクッションの働きで汚れを剥がしているのでは…」。これまでメカニズムがブラックボックスだったキャビテーション研究に光を当てる成果として注目されている。現在、松村准教授は、昨年10月に採択された内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)革新的燃料技術」の研究開発に取り組んでいる。例えば、今までテールパイプから捨てられていた排気熱を回収し、コージェネレーションのようにその熱で燃料を温めて、燃料の性質を物理的にかつ科学的に制御し、任意の場所に任意の量を噴射できないだろうか…。「究極の目標は超臨界。つまり、液体なみの運動量を持ちながら、気体なみの拡散性を持った状態にすること」。熱で噴霧の形を制御し世界を制する-。夢のような話だが、松村准教授の眼差しは真剣だ。今、自動車の燃費を1パーセント向上させるのにもたいへんな技術革新が必要だと言われている。近い将来、同志社大学の噴霧・燃焼研究から生まれた成果が自動車エンジンを大きく変えるブレークスルーの先鞭になると確信している。
 
 
同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.45 掲載
 
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 松村 恵理子(まつむら えりこ) 理工学部 機械システム工学科 准教授

専門は、高効率・低公害化のためのエンジン内噴霧燃焼過程の基礎的研究など。トヨタ自動車(株)でガソリン車のパワートレイン制御開発やエンジン技術の開発などに携わった経験を生かし、実機ノズルを相似拡大した可視化ノズルでキャビテーションのメカニズム解明等に取り組む。趣味はドライブ。開発に携わった86(ハチロク)を駆って、どこにでも出かける。車内で声を張り上げて歌を歌うのがストレスフリーの秘訣!?