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理工学部の人と研究 vol.9

白色照明の分光分布制御から生まれるイノベーション

【理工学部インテリジェント情報工学科 坂東敏博 准教授】

 

「自然の在り様」の面白さへの興味が
昔から変わらない研究の原動力に。

人聞の脳には両目から大量の視覚情報が時々刻々と送られており、この視覚情報は人間が外界から取り入れる情報の8割以上を占めている。視覚に関する研究史は非常に長く、古来より多方面からさまざまなアプローチが行われてきた。坂東准教授も視覚の解明に取り組む研究者の一人だ。

「好きこそ物の上手なれ」という諺が存在するように、強い興味や関心が物事に対する理解や上達を促すものである。「幼い頃から『見る』ことが好きだったので、大学入学以前から視覚に関する研究に関心を持っていました」と自身のルーツを語る。大学では理学部生物学科に在籍し、微生物が光に集まる行動を研究。さらに、基礎工学研究科物理系生物工学専攻へ進学し、蛙や鯉の網膜神経細胞の生理学的研究に明け暮れる。その後は研究者として、ベタと呼ばれる闘魚を用い魚が「テクスチャ」を認識しているのかを研究した。テクスチャとは物体表面の細かな質感や模様を指す。実験ではベタのテクスチャを再現した写真と少しぼかした写真を用意し、ベタが同種を認識した際に見せる闘争行動を利用して、見せる写真の違いによる行動変化を観察した。すると、ベタの鱗模様のテクスチャを忠実に再現した写真には明瞭な闘争行動を起こしたベタが、鱗模様をぼかした写真には闘争行動が明らかに鈍ることが確認された。魚が鱗模様のテクスチャの変化を認識していることが判明した。これをきっかけとして「自然の在り様」の面白さへの興昧が高まり、同志社大学理工学部に就任してからは、「照明によるものの見え方の変化」の研究に力を入れている。
 

照明の変化に気づかず、
物体の色がひとりでに変化。
画期的な照明技術の開発に成功。

店頭では魅力的に映った商品が、自宅では色味が変わって見えてぱっとせずにがっかりした、そんな経験をしたことはないだろうか。この見え方の違いは、照明によって発せられた光が物体に反射して、私たちの目に入る光の波長構成が変化することが原因だという。そもそも光は空中を飛び交っている電磁波の一種で、さまざまな波長の組み合わせによって成り立っている。これを波長毎に分割した際に、各波長がどの程度含まれているのか表したものを「分光分布」と呼ぶ。我々の目に入る光の波長構成は光源の分光分布と物体の分光反射率の組み合わせによって変化する。【図1】光源の分光分布によって、人が認識する色は異なるのだ。したがって、照明毎に発する光の波長は異なるため、どのような波長の光の下で見るかによって色の感じ方に違いが生まれるのである。「この現象に着目し、照明の波長調節により、色の恒常性に因われない色彩認識を実現しようと試みたのです」と坂東准教授は振り返る。

 
【図1】物体の色は照明環境と物体の色の相互作用で現れる
 
 
色の恒常性とは、赤いリンゴを緑の照明光の下においても人はそのリンゴを赤いと認識するように、照明光の条件が変わっても照明光の色に影響されることなく物が持つ固有色を知覚する現象だ。【図2】研究を重ねた結果、坂東准教授は極端な分光分布の偏りを持つ白色光を照明に用いることで、見る人が照明の変化に気づかず、物体の色がひとりでに変化したように見せられる技術の開発に成功した。【図3】

 
       
 
             【図2】色の恒常怯                                         【図3】花束の個々の花が白色照明の
                                                                                          下で多様に変化する様子
 
当てる光が変われば目に入る光が変わる。この鍵を握るのは、光を反射する色材の存在である。光の分光分布と色材の分光反射率をもとに視覚認識する色をシミュレーションできるが、まずは適当な色材そのものが存在しないと実用化には至らない。そのため、植物から宝石まで多種多様な色材を調べて分光反射率を計測し、膨大な量のデータを集めることが今後の課題だという。「労力を要しますが、発見する喜びは何にも代えられません。テクスチャの研究を始めた頃からの習慣で、頻繁にフィールドワークに繰り出しては色材の情報を集めています」。

照明の光をコントロールし、有害な紫外線を用いることなく安全に対象物の色を変化させる。これは私たちの生活に新たな刺激をもたらすだろう。店舗照明や芸術作品ディスプレイ、舞台照明、住空間・車室空間の雰囲気転換などを照明の切り替えひとつで実現する。「瞬間的に色を切り替えるだけではなく、徐々に光を調整していつの間にか対象物の色が変わっていた、なんていうアイデアも面白いですよね」と坂東准教授は笑みをこぼした。
  

リエゾンフェアで得た手応え。
民間企業との共同研究で
新たなフェーズヘ。

2015年12月に同志社大学リエゾンフェアが開催され、坂東准教授は研究シーズの発表を行った。視覚と色彩という参加者が馴染み易い研究テーマだったことも影響し、非常に多くの反響があったという。活発な意見が飛び交った産学交流の場では、坂東准教授自身も気が付かなかった可能性を指摘された。その一例として医療現場での応用が挙げられる。長時間特定の色を見た後、目を離すと補色が残像として視界に残ることを「補色残像効果」という。この補色残像効果は、特に白色を見たときに発生するため、医者の手術着は白ではなく緑のものを着用してミスの発生を防いでいる。照明のコントロールによってより手術しやすい視覚環境を作り出すなど、医療の発展に寄与することも十分に考えられるのだ。人が肉眼で見た際の視覚情報を変化させるという革新的なアイデアは、幅広い分野でイノベーションをもたらすかもしれない。

イノベーション・ジャパンで色材を扱うメーカーから声を掛けられたことで、坂東准教授は民間企業との共同研究を進めようとしている。「例えアイデアがあったとしても、技術面や費用面で頓坐してしまっては実用化できません。それぞれの専門性を活かした相互支援によって新たなフェーズに移行でさることは、産官学連携の魅力ですね」。物体色を操る不思議な照明が持つその可能性に注目が集まる。
 

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.49 掲載
 
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坂東 敏博(ばんどう としひろ) 理工学部インテリジェント情報工学科 准教授

 

1952年生まれ。大阪大学理学部生物学科卒業、大阪大学基礎工学研究科(物理系生物工学専攻)修了。専門分野は知能情報学。「カモフラージュにみる自然パターンの視覚認知」や「視覚におけるテクスチャーの役割」を研究課題とする。自身の研究室では、視覚情報と聴覚情報に関して信号処理・感性処理の立場から研究を行い、画像解析やコンピュータグラフィックス、認知科学的手法を用いて視覚のメカニズムに迫っている。